世界は妄想にあふれてた
春が溶けた。
口に含んだ瞬間に甘さだけ残して消える綿菓子みたいに、音もたてずにあっけなく、今年の春は溶けて消えた。戸惑うわたしを置きざりに、いつの間にか季節は夏へと変わっていた。
…2023年わたしの春は一体どこへ消えたのか?
ここに書き記すのはわたしの春が消えた経緯とその顛末である。最初に申し上げておくが、わたしは今自分の為だけにこれを書いている。初っ端から言い訳じみていて大変申し訳ないのだけれど、あくまで自分の為に書くものなのなので、支離滅裂で感情的になってしまう部分もあるかもしれないが、どうかご容赦いただきたい。
さて、話を戻そう。
4月中旬、わたしは妄想に溺れていた。…待て待て違う。いや大筋では違わないんだけど、これだけだと大分語弊がある気がする。なんていうか圧倒的に言葉が足りない。その自覚が大いにある。違う違うそうじゃないんだ。
わたしが言いたいのは、『SNSで紡がれる妄想沼に足を取られていた』ということである。そして、そこからなかなか抜け出すことができなかった。もっと言えば、その抜け出せなさにほとほと困り果ててもいた。それもまあ当然と言えば当然だ。だってわたしにとってこの事態は正に青天の霹靂で、まさか自分が妄想沼に溺れる日がくるなんて夢にも思わなかったのだから。そればかりか、妄想を自給自足し暮らしてるムラの存在すら知らなかったのだけど。
きっかけはSNSで何気なくタップしたとある投稿、それがすべての始まりだった。
https://www.instagram.com/snow_meals/
現代における推しごとの最初の一歩は「検索」、これに尽きるだろう。スノ担を自覚し自称したわたしが最初に取り掛かったのもまた例にもれず「検索」という名の情報収集であった。現代の引き寄せ呪文は「アクシオ」と唱えることすら必要としない。ただ検索ワードをひとつ打ち込むだけで事足りてしまうのだから。
Snow Man、その7文字で引き寄せられる情報は公式だけではもちろんなくて、関連・類似・おすすめと色とりどりの有象無象が一緒くた、芋づる式かつ雪崩のように喜び勇んで押し寄せる。情報の取捨選択に関してはある程度の経験を積んできたつもりだけれど、自分にとっての要否や快不快を瞬時に嗅ぎ分けるなんていつまで経っても至難の業で、不用意に目にした情報が自分にとってかなりの殺傷能力を有しているなんてこともしばしばだ。それでも推しごとの一環として検索せずにはいられないのがファンの性なのだから、これはもう受け入れざるを得ない。呪文を唱える代償とまではいかないけれど、引き寄せられるのが自分が求めるものだけとは限らないのであれば、検索においての自衛は必要不可欠が当たり前。押し寄せてくる雑多で不確かな情報に惑わされて踊らされてばかりいては身が持たない。情報を得るときは、できるだけ細心の注意を払う必要がある。少しでも危険を察知したら速やかにそこから離れるとか、知り過ぎないことも大事とか、基本的な安全対策に止まるけれど。何にせよ、出来心での深掘りや不用意な探索がわが身を滅ぼす原因になることだってあり得るのだから、情報量も供給のスピードも加速の一途をたどる現代において、ある程度の警戒心はきっとなんぼあっても足りないくらいだ。
そんな常に警戒を怠らないわたしではあるけれど、さりとて人間。その警戒心がふっと緩むことだってもちろんある。結果として、その気の緩みがまだ見ぬ世界へわたしを誘うことになったのだった。
自分の無知をさらすようで非常に恥ずかしいのだけれど、わたしはその、なんていうかそういった妄想アカが咲き乱れる世界というか界隈にお近づきになる機会がこれまでまったくなかった。そういう文化の存在を知ってはいたけど、知っているのと目の当たりにするのって多分だけど全然違う。河童を知ってるのと、河童が目の前横切るのとでは全くもって違うみたいに。
とにかく、突如として目の前に現れた世界は何とも色鮮やか(イメージは蜷川実花の世界観)でとてつもなく異質で異様。わたしからすれば、異彩を放つとかのレベルを超えて、もはや異世界そのもので、お初にお目にかかった衝撃足るやもう。そんな世界がすぐそばにあったことをわたしは微塵も知らなかったし、それまで見えてすらいなかった。人は見たいものしか見ないというけど、ほんとそれなを実感した。
それにしても、すごい世界があるものだ。界隈における暗黙のルールだったりを知った今となっては受け入れ態勢が整ったが、当初は全く理解が追い付かなかった。実在の人物(しかも推し)を使って自分の妄想を自分好みに組み立てて、それを世界に発信するってナニユエ?と。疑問符まみれのまま、数多の作品に触れるうち、違う意味でその世界のすごさを目の当たりにすることになる。
妄想界隈、文才ある人い過ぎじゃね?問題の爆誕である。
ファンであるがゆえに様々な媒体から摂取し知り得た推しの人物像という共通認識。そんな強みも確かにあるんだろうけれど、それ以上に表現力やら構成力やらの巧みさを兼ね備えた書き手さんらがわんさかおられる。そらもう掃いて捨てる程いらっしゃる。人によって好みはあれど、右を見ても左を見ても全方位まんべんなく読み物としてまず間違いないものばかりがそこかしこにお行儀よく陳列されているのである。
えナニコレ?皆さま揃って商業的に「書く」を生業にされてる方々なのかしら?それとも趣味の範囲でこのレベル?これが書き手における普通とか?てかレベルすごくね?高過ぎじゃね?玄人みがえげつない方々がそこかしこでご自身のだったりリクエストだったりを散りばめた色とりどりの妄想をこれでもかとばかりに垂れ流しているとか、ここはどこなの?どんな世界??
突然だけど、わたしは「読む」という行為を愛している。叶うことならずっと何かを読んでいたい。そして、それが自分好みであればある程に食指が絶えず刺激され、その欲望は止まることを知らない。場合によっては下卑た笑いさえもれてしまう。つまり一言でいうと、たまんねぇのである。読むこと、それすなわち生きること。いやそんな言葉じゃ全くもって足りない。だけどピッタリくる言葉が悲しいかな見つからない。とにかくそんなわたしにとって、この界隈は「鴨が葱を背負って先が見えないほどの大行列を成している世界」であったのだ。しかも葱背負いの鴨たちは毎日絶えずに供給されるときたもんだから、笑いが止まらない。この世界最高か?とか思っちゃうのである。いや世界ってマジで広い。すげえわほんと。
春は出会いの季節なんて言うけれど、些細な出会いが人生を思いもよらない方向へ導くとはよく言ったものだ。こうして、書き手と呼ばれる方々の素晴らしく逞しい妄想力溢れる沼との出会いが2023年わたしの春を奪っていったのだった。
想定外の春が過ぎ、迎えた夏。とりあえずは来週発売の円盤を糧にこの夏を乗り切ろう。というか、夏こそ溶けていただきたい。一瞬で過ぎ去ってくれてもお前だったら許してやる。だからお願い、夏よ溶けろ。
カワイイッテコワイ
”『可愛い』は最強なんです。
『かっこいい』の場合かっこ悪いところを見ると幻滅するかもしれない。
でも『可愛い』の場合は何をしても可愛い、『可愛い』の前では服従、全面降伏なんです!”
数年前お茶の間を席巻した某ムズキュンドラマで首がもげる程に頷き倒したこのセリフが今、わたしの脳内でこだましている。…ひーくんの笑顔と共に。
どうしよう、ひーくんがかわいい。とても、いや、とてつもなくかわいい。
いかつい顔した筋肉マンなその人は時折ふにゃっと相好を崩す。こっくりとしたはちみつみたいな、ひときわ甘いその笑みに目を奪われたその日から彼がかわいく見えて仕方がない。
その笑顔を見る度に消化しきれないかわいさを崖から叫びたい衝動に駆られてしまう。実際のところ叫べる崖なんて近所にあろうはずもなく、心の中で叫ぶに留めてはいるけれど。それにしたって、あの笑顔は反則だ。ギャップの高低差が半端ない。『かわいい』以外に選択肢がないなんて、ずる過ぎるにも程がある。一体どういうつもりだひーくん!もう少し手加減してくれてもいいのでは?いくら何でもギャップのえぐみが強過ぎる。せいぜい顔を出したばかりのふきのとう程度に抑えてくれ。
そもそも、わたしは基本的に『かわいい』から距離を置きたい人間だ。できるだけ『かわいい』からは離れていたい。常々そう考えている。それが実効性を伴うかはさておき、いつも心には『かわいい』へ引っ張られない強さを持っていたい。そんな信念を胸に生きてきた。
だって『かわいい』は危険だから。『かわいい』の前で人は無力になってしまう。語彙力はおろか理性さえも奪われる。だから、安易に『かわいい』に近づいてはいけない。君子危うきに近寄らず。自分が君子かどうかはさておき、これを信条にできるだけ『かわいい』を避けてきたというのに…なんてことだ。これまでの努力がすべて水の泡。どうしてくれる岩本照(敬称略)!!大好きだぞこのやろう!
好きなものを愛でるとき、自分がどの視点に立つかで好きの度合いが変わってくる。好きなものを『かわいい』越しに見るか、『かっこいい』越しに見るか。これって結構重要だ。あくまでわたしの場合はだけど。
『かっこいい』単体であれば大丈夫。余裕で踏み止まれる自信がある。流されることもなく、句読点つけて終了可能。『かっこいい』越しに見る『かわいい』もまだまだ平気、へっちゃらだ。かっこいい上にかわいいのねって、にっこり受け流せる場所にいる。要は『かっこいい』発『かわいい』行は途中下車が可能ってこと。
だけど、『かわいい』が先にくるってなると話は別。無理難題も甚だしい。『かわいい』単体がそもそもしんどい。言葉の意味とは裏腹に重量感が半端なくて、それだけでもう息苦しいったらない。その上『かわいい』越しに『かっこいい』を見つけようものなら、それはもう恐怖以外の何物でもないのだから困ってしまう。それはまるで破滅までノンストップで走りぬけちゃうデス・ロード。『かわいい』発『かっこいい』行に途中下車は存在しない。
『かわいい』ってこわい。ほんとこわい。こんなこわいもの、毎日せっせと摂取して、早いとこ摂取し尽くしてしまわなければ。この世が怖いで埋め尽くされてしまうじゃないか。継続は力なり。『かわいい』と向き合うのは怖いけど、これはもう仕方がないと腹をくくってやろうじゃないか。ひーくんから溢れてやまないかわいさとわたしの根性、どちらが勝つか根競べの始まりだ。
今日も帰ったらひーくんのかわいいを見つめなければと思うとほんと憂鬱、ため息までも出てしまうのだから、ほんとカワイイッテコワイ。。
常備薬
疲れた。
春のせいか年齢のせいか、はたまたその両方か。理由は定かではないけれど、今わたしは相当疲れている。日々の雑務に追い立てられ、別に何を成すわけでもないまま、気づいたら4月も7日。いつもなら、ここらで身体に疲労サインが現れる。最初にやって来るのは説明しがたいモヤモヤ感。それはおなか辺りを中心に小さくぐるぐる回り始め、いつしか大きな渦となり、周辺のいろんなもの(出来事やら感情やら)を巻き込んで、終いにわたしまでをも飲み込んでしまう。結果、目につくすべてが嫌になる。もうやってらんねえ!って叫びたくなる。だけど、わたしももう大分いい大人である。やってらんねえの一言ですべてを放棄するなんて現実的にはできなくて、だから外側によそ行き張りぼての笑顔を貼りつけて、一人静かに内へとこもる。渦が消えてなくなるまで、息をひそめてじっと待つ。それが疲労困憊時のいつものパターンだった。ちょっと前までは。
最近は少し勝手が違う。モヤモヤはきちんとやってくる。疲労という名のルートをたどり常連みたいな顔をして、いつも通りにやってはくる。けれど、大きな渦になる前にそれは自然と小さくなって、いつの間にやら消えてしまう。これは多分、先月からわたしの心に住み着いた9人組のおかげだ。というか、それ以外に考えられない。
ちょっと聞いてください、ほんと彼らってば凄いんです。何が凄いって彼らの効き目がとにかく凄い半端ない。好きなものの存在って心を癒してくれたり肌に潤いを与えてくれたりと豪華特典は数あれど、「Snow Manを常備する」その効果たるやエグいの極致。早めのパブロン以上に効き目ばっちり効果抜群。毎日懲りずに訪れるモヤモヤイライラむしゃくしゃを片っ端から粉砕し跡形もなく追い払うのだから素晴らしい。拍手喝采が止まらない。加えて更に凄いのが撃退だけには止まらない効果の範囲が驚異的。だって嬉しい楽しい大好きを何乗にだって掛け合わせ、ねずみ算式に増やしてくれるとか、もう意味が分からん。レベルが違う。その威力には惚れ惚れ通り越して最早神々しさすら感じるほど、正に鉄壁。ほんと神。一家に一台ならぬ、一家に一組Snow Man。ほんとコレ推奨です。
まあ言うても今さらですが。今さら過ぎて「は??」ってなるかもだけど。だけど、今さらだからって多分ある。今さらだからの原点回帰みたいな。基本に立ち返るってやっぱり大事。つまり、今更だけど「一家に一組Snow Man」はやってみる価値が大いにあるってことなのだ。まあ今さら過ぎて恥ずかしいから大きな声では言えないけれど。いやでもコレほんとよ?ほんとにほんと!嘘だと思うなら、試しに一度Snow Manを常備してみてくださいませ。その上で、一日一回Snow Manの服用を。効果には個人差があるかと思いますが、効く人には効く。そしてわたしには効いたし今も効いてるし今後も効果が続く(というか出来るだけ細く長く続かせる)予定。効く人にはやたらとハッピーでクレイジーな毎日をお約束できるかと。
※ただし用法・用量を守って正しくお使いください。
好きの効果と効能と
佐久間さんの腹筋になりたい。
間違えた。煩悩丸出しの一文になってしまった。正しくはこうだ。
佐久間さんのような腹筋にわたしはなりたい。
言葉が少し足りないだけで変態みを帯びてしまうのだから日本語って難しい。そう、わたしは別に佐久間さんの腹筋になりたいわけじゃない。(どうしてもと言うのなら検討の余地はあるが、それはまた別の話。)
昔からバキバキの腹筋に強い憧れがある。憧れているだけで、それが憧れの域を出たことはこれまでないけれど。どんな理由であれ、同性異性問わず自らを律して筋肉を鍛え上げている様には惚れてしまう。単純に努力を重ねるその過程がかっこいいし、得られる対価(=筋肉)もまた美しい。
なんでこんな話をしてるかって?いやもう今さらの話で大変申し訳ないのだけれど、そんな申し訳なさを上回ってしまう程に言いいことがあるからだ。言いたくて言いたくて震える。もう自分の中だけでは処理できない。限界だ。だからごめんだけど、この場を借りて言わせていただく。
まずはこちらをご覧いただきたい。
どうだろう?…黒佐久間(敬称略)の見え隠れする腹筋えぐくない??
筋肉と言えば岩本さん。そんなこと、わたしだってもちろん知っている。知ってはいるけど、ただ今回は岩本さんにはごめんなさいだ。あなたの筋肉は素晴らしいし、筋肉へのストイックな向き合い方もまた右に出るものはいないだろう。しかし、である。これはだってもうMVが悪い。というか黒佐久間の衣装がいただけない。視界から入る情報ってやはり強い。影響力半端ない。わたしはそれに屈してしまっただけ。「筋肉=岩本さん」の公式は決して揺らがないんだけれど、それ以上に今MVにおけるさっくんの腹筋の圧がやばい。なんだアレ。ちょっと色々な規制に引っかかってないのがむしろおかしくない?
だってだって、かわいいピンク頭にきゅるきゅるおめめがチャームポイント、無邪気と元気を両手いっぱい携えてリアルに「にゃは♡」とか笑っちゃうメンカラピンクのその人に、その腹筋はいただけない!なんだ佐久間その腹筋は!そこに立て!まったくもってけしからん!と、つい大きな声が出てしまうのだって不可抗力だ。許してくれ。チラリズムとやらも手伝って(全然チラリなんかじゃないけど)その効果は無限大。腹筋一つでなんてざまだ。完全敗北。もう立ち上がれない。ギャップが時に凶器にもなり得ることを今回わたしは身をもって知ったのだった。
話が大分それた。黒佐久間の腹筋えぐいっていうのは事実だし、すっごく言いたいことではあったからスッキリしたのはよかったんだけど、違う違うそうじゃない。
わたしにとって好きの効果は絶大だ。まず世界に色がつく。それまでの世界がモノクロだとしたら、好きのフィルターで世界は途端にカラフルになる。そしてモチベーションが高まる。日常生活がしんどくても、それを乗り越える力が湧く。すのちゅーぶの水曜は楽しみすぎて笑顔を形状記憶で1日を過ごせるから、ちょっとくらいの嫌なことなんてへっちゃらだし。ラジオで声が聴ける日なんか、かわいいの大渋滞にある意味疲れることもあるけれど。好きなものが存在する世界って素晴らしいな。それだけで生きる理由の一つになるし、日々を生きる糧にだってなってしまうのだから。
そして今、どうやらさっくんのバキバキの腹筋にも効能があることが明らかになってきた。わたしも佐久間さんみたいな腹筋になりたい。割と本気でそう思ったわたしは現在夜な夜な筋トレに励んでいる。とは言っても、さすがに初心者がさっくんを目標にするなんて、お気楽ハイカーがエベレスト登頂を目指すようなもの。土台無理なのは百も承知。推しは推し、わたしはわたしだ。そこはあくまでわたしの身の丈にあったレベルで、長期的視野に立って努力を続けていく所存である。
それにしてもだ。過去の自分を振り返ると、縁もゆかりもない筋トレに励んでるとか、推しの腹筋、いや存在って偉大だ。視界からわたしを満たすだけでは飽き足らず、行動にまで影響を及ぼしてしまうのだから。今まで見向きもされなかったわたしのあるかなきかの筋肉だって忘れ去られた存在意義を思い出せる上に本来の力を発揮できる機会を得たと多分だけど大喜びだ。スノ担になってほんとよかった。
好きなものがあると世界が変わる。今のわたしは前とは違う世界にいる。目の前にはカラフルで楽しいことが溢れている。たとえこれが一過性のものであったとしても構わない。今のわたしは満足していて、ここにいられることがとても嬉しいのだから。そんな世界へわたしを連れてきてくれたSnow Manの皆さんには心から感謝している。ほんとにほんとにありがとうございます。
特に今回は目の毒をたっぷりお届けしてくれたピンク頭のあの人へ特大の感謝を!ありがとう、さっくん!!
日柱の干支からみるSnow Manのイメージに関する調査報告
【目的】Snow Manメンバーへの理解を深めるため(というのは表向きで、ほんとはわたしがただ単純に楽しいから)
【対象】Snow Man 9名
【方法】四柱推命の無料サイトから調査・抜粋
【概要】新規スノ担からみた各メンバーのイメージと日柱の干支の特徴(本人の生まれ持った資質)に大きな乖離はなかった。
【詳細】
※以下、所属事務所HP上のプロフィール順に記載する。
岩本 照
1993年5月17日生まれ/戊戌(つちのえいぬ)
◎何事にも一生懸命に頑張る努力家
◎コツコツ取り組む勤勉さがあり、努力に裏付けされた自信がある
◎ドライでクールと思われがちだが、とても優しく面倒見の良さが光る兄貴肌
◎周りの人から頼りにされることも多い
◎自分の仕事をそつなくこなしながらも、困っている人がいないか?周りの人をよく見ている
深澤 辰哉
1992年5月5日生まれ/辛巳(かのとみ)
◎いつも冷静沈着
◎落ち着いているのに地味ではなく、むしろ華やかな雰囲気
◎自然と人目が集まる
◎臨機応変な対応でピンチをチャンスに変えられる
◎常識にとらわれない柔軟な発想力の持ち主
ラウール
2003年6月27日生まれ/辛未(かのとひつじ)
◎鋼のような意志の強さと他人への思いやりを併せ持つ
◎視野が広く、判断能力が高い
◎優しく穏やか
◎気配り上手で周囲からの信頼も厚い陰の実力者
◎自分の意見を通しつつ、周囲へ配慮を忘れない
渡辺 翔太
1992年11月5日生まれ/乙酉(きのととり)
◎とても素直で根っからの正直者
◎心の中で思っていることと言動が一致している
◎思い立ったらすぐに行動に移す
◎周りを楽しませるムードメーカーとして人から好感を持たれることがとても多い
◎内に熱い向上心を秘めている
◎協調性に優れている
向井 庫二
1994年6月21日生まれ/戊寅(つちのえとら)
◎裏表がなくさっぱりとした明るい性格
◎物腰が柔らかく優しい雰囲気で、誰からも信頼される愛されキャラ
◎聞き上手でコミュニケーション力が抜群
◎誰とでも気さくに接して仲良くなれるムードメーカー
◎励まし上手で面倒見がよく頼りになる
◎同僚や後輩からとても慕われる
阿部 亮平
1993年11月27日生まれ/壬子(みずのえね)
◎聡明、頭の回転が速く、判断力が高く合理的
◎しっかり者のイメージだが少しとぼけたところもある
◎清潔感漂う爽やかな色気がある
◎細やかな気遣いができるので、上からは信頼され、下からは慕われ、とてもモテる
◎女性をよく理解しているため、さり気ないエスコートや気遣いなど女性の扱いが上手
◎警戒心がないため、屈託なくどんな人も受け入れる無邪気さがある
◎慕ってくる人を無碍にしない、大らかな優しさがある
目黒 連
1997年2月16日生まれ/己丑(つちのとうし)
◎自然体で「好きなこと」「やりたいこと」をちゃんと持っている
◎非常に気が利く
◎思慮深いながらも不思議なオーラがある
◎内面に強い信念を持っているため、どんな逆境にもくじけない
◎あきらめることが嫌いで、努力を重ねて最後には目標を達成する
◎とても誠実でピュアで一途
◎普段からマイペースで流されない
宮舘 涼太
1993年3月25日生まれ/乙巳(きのとみ)
◎高い美意識とクールさを兼ね備えている
◎強いエネルギーを内に秘めている
◎外見もオシャレで華やか、話術も巧み
◎ポジティブでアクティブで柔軟
◎相手の立場に立った発言、言葉選びができる
◎女性をスマートにエスコートできる
◎面倒見がよく頼りにされる
佐久間 大介
1992年7月5日生まれ/壬午(みずのえうま)
◎裏表がなく明るい
◎人懐っこく、性別や年齢が離れた人とでも物怖じせず付き合える
◎頭の回転が速く、考え方も柔軟
◎好奇心旺盛でいろんなジャンルに造詣が深く博識
◎同性異性の垣根なく声を掛けられ、話題も豊富でユーモアのセンスも抜群
【所感】
調査結果とわたしの個人的なイメージの合致が多くあった。今後更に推しを理解し愛でいくためにも、観察の継続と詳細な分析を実施することが必要と考えられる。
贅沢な時間
人は失って初めて大切なものに気づくらしい。
2023年3月26日、それスノの日曜レギュラー放送が終了した。
迎えた本日3月27日月曜日。わたしは今、喪失感でいっぱいだ。すごく寂しくてすごく悲しい。
ゴールデン進出はとてもおめでたい。嬉しいし喜ばしい。ど新規のわたしがいうのもなんだけど、目指していたものに一歩ずつ近づいている彼らに惜しみない拍手を送りたい。
けれど、ゴールデン初回放送4月28日まで約1か月。
1か月って結構長い気がするんだけど気のせいだろうか?いや気のせいじゃない。今のわたしにとってお預けされる1か月はとても長い。いい子でいたいのに、待てができない。たかが1か月、されど1か月。1か月がこんなにも長いと感じてしまうなんて末期もいいところだ。そりゃこれから歌舞伎だってあるし、それがなくともグループとして個人として彼らが多忙を極めているだろうことはわかっている。わかってはいるけど、それを差し置いても今は寂しさが上回ってしまうのだ。この気持ちはどうにもできない。春特有の気だるさと月曜お決まりの憂鬱さがこの気持ちに拍車をかける。4月28日まで一体どうやって日々を乗り越えていけばいいのか見当もつかない。
そんな風に鬱々としていたら、気づいてしまった。
本当に今さらなんだけど、毎週当たり前のように観ていた日曜お昼の30分がとても贅沢な時間だったということに。
テレビに限らず様々なメディアで毎週決まった時間に毎回新しいコンテンツが提供されることが当たり前になっていた。わたしはその当たり前の上に胡坐をかいていたのだ。そんな自分が恥ずかしい。今一度、自分を律する必要がある。(多分ない。)
いつまでもあると思うな推しとの時間。
推しとの時間がいかに贅沢なものであるかを心に刻み、お預けくらうここから約1か月、各所を上手に活用し、ゴールデンレギュラー放送の初回を迎えるその日までなんとか生きながらえるべく努力することをここに宣言する。
いや何の話だこれ…?
ジャニーズ入門② 偏見
注意)以下、個人的な偏見が続きます。予めご了承の上で読み進めてくださいますよう、お願い申し上げます。
ジャニーズ、それはわたしにとって全く未知の領域だった。
歌って踊れて面白いを兼ね備え、カッコいいからカワイイに加えイロモノまで各種取り揃えたキラキラ集団。それがジャニーズに対するわたしの印象だ。
アイドルと言えばジャニーズ、長く続いたそんな時代。歌番組からドラマ・CM・バラエティに至るまで、テレビで彼らを見ない日なんてなかった。それくらい、あらゆるところにジャニーズはいた。
繰り返し目にする機会があればあるほど、対象への好感度や印象が高まり親しみが増すらしい。単純接触効果とかいうこの効果はもちろんわたしにも覿面で、単純にジャニーズには好感を持っていた。ただそれが「溢れんばかりの好き」にまでたどり着くことはなく、いわゆるジャニオタと呼ばれるジャニーズファンがわたしの周りにいなかったこともあり、その世界に触れる機会もないまま、ここまできた。
そんなわたしの前に、突如現れたジャニーズへの入り口。
正直に言う。当初わたしにはこの先へ進む気など微塵もなかった。
ステレオタイプな考え方で大変申し訳ないのだけれど、ジャニーズを取り巻くファン、いわゆるジャニオタに対して、誠に勝手ながらネガティブな感情が強くあったのだ。
別に何をされたわけでもない。ただ怖そう、それだけ。自分とはあまりに世界が違いすぎるというのも理由の一つだったのかもしれないし、たまたま拾い上げてきた数少ない情報で稚拙に判断していただけなのかもしれない。とりあえず、ジャニーズ界隈は怖い。そんなイメージが先行していた。だから、ジャニーズを深く知ること、その先へ進むことに戸惑いがあった。
しかしながら、興味がそれを上回った。それはもう、いとも簡単に。正直なところ、躊躇なんて一瞬だった。時は金なり。好きでいられる時間が限られているからこそ、好きでいられる内は存分に好きを満喫したい。そのためにはまず彼らを知る必要がある。何事も情報収集が大事。まずはそこから始めねば。迷っている暇など、わたしにはない。
こうして、わたしは不安を抱えながらジャニーズの世界へと足を踏み入れたのだった。